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      <title>ブンブンブーン</title>
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      <description>車でウキウキ</description>
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         <title>腸内細菌と発ガン</title>
         <description><![CDATA[アメリカやヨーロッパ北西部、そしてオーストラリアには直腸ガンが多く、アジア、アフリカ、南アメリカ(ただし、アルゼンチンとウルグアイを除く)には非常に少ないことが統計的に知られています。


ところが、たとえば、日本からアメリカのカリフォルニアやハワイに移住した一世あるいは二世にも直腸ガンが多いなど、疫学的研究が進むにつれて、ここにみられる地域差が、人種の違いによるものではなく、むしろ摂取する食物によることが、明らかになってきています。


食物を農作物に強く依存していたアメリカの開拓時代には、直腸ガンが少なく、近年になって、肉の消費が増えるにしたがって急速に増加しているのは、このことを裏書きしているといえるでしょう。


是非ともアメリカの方にも<a href="http://napure.jp/" target="_blank">モリンガ</a>をオススメしたいものです。
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         <pubDate>Thu, 26 Jan 2012 17:44:59 +0900</pubDate>
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         <title>良い聞き手になる</title>
         <description><![CDATA[それだけ緊張していたのか、食物の味もわからず、キャッチボールもできず・・・


私の話し方が饒舌で要領を得なかったためか、いつもナイフとフォークが止まってしまっていた。


その点、<a href="http://www.tnp.co.jp/" target="_blank">香水</a>を好む外国人のほうはリラックスしてしゃべっているのか、いつの間にか終わっているのである。


それを見て急いでかき込む。


消化にいいわけがない。


いまから考えれば、私が防御に回ってしまっていたからだ。


適当に質問し、攻撃に回ることだ。


攻撃に回るとは、決してホワイ攻めをすることや、難問をふっかけることを意味しない。


相槌などのレスポンスを効果的に送るだけでいいのだ。


ヨコメシ・アレルギー患者が、適当に相槌を打つ、良い聞き手(a good listener)になることだ。



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         <pubDate>Thu, 23 Jun 2011 12:58:16 +0900</pubDate>
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         <title>六壬式占の占い方</title>
         <description><![CDATA[六壬式占は、普通日時などに配された十二支によって式盤を操作し、四課三伝法などによって求められる六壬課式七百二十局(易笙の六十四卦に相当)に基づいて占う方法をいいます。


十二支が配される大歳(歳の干支)や月建(月の干支の一つで北斗が建す月・月厭(月の干支の一つで暦注の厭日に同じ)などを利用して天地式盤を機臓的に操作し、吉凶判断を行なう・・・


もともと堪輿家の説に属した単純な方法もあります。


両方とも日本の陰陽道で行なわれているので、ここでは陰陽道の実例に則して、それらの占い方を簡単に解説してみましょう。


六壬課式による推断は、陰陽道では、災異・病事皇位・神官・居宅の占定などさまざまな場面で行なわれました。


最も頻繁に行なわれたのは、不吉な前兆を示す現象とされた怪異(物怪)の際です。


康平元(1058)年の東大寺の怪異の陰陽寮占文は、その一例ですね。


<a href="http://www.uranai-king.com" target="_blank">電話での占いはココ</a>。

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         <pubDate>Tue, 21 Jun 2011 13:35:55 +0900</pubDate>
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         <title>面白い・つまらない</title>
         <description>「面白い・つまらない」ということになると、人によってモノサシがバラバラだし、一人の人でさえきのうまでは「死ぬほど面白い」と感じていたものが・・・


きょうは「クソ面白くもない」ものに変わってしまったりするから始末が悪い。


たとえば、このブログに載せた日記を、わたしは面白いと思っています。


なかには、いま面白いと騒がれている広告より「もっと面白い広告」もあると考えています。


が、「なんでこれが面白いの?」と言う人が現われたら、わたしには返す言葉がない。


ま、なぜ面白いかを分析的に説明することもできなくはないが、それはぜんざいがなぜおいしいかを説明するようなもので、味気ないことおびただしい。


それに、そういう人には説明してもわかってもらえないことが多いから・・・


「だって、面白いでしょう」と言うしか、実際には答えようがないのです。
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         <pubDate>Fri, 13 May 2011 18:49:20 +0900</pubDate>
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         <title>人気のテント</title>
         <description><![CDATA[こんいちは。今日はキャンプについてです。


テントはキャンプに必須な道具ですが、種類が豊富です。


いかにもテントらしいスタイルの三角テントや山岳用のドーム型テントなど、テントいっても、いろいろな種類があるが、現在のオートキャンピングで最もよく使われているのは、ロッジ型テントと呼ばれるタイプです。


ロッジ型テントは、その名から推察されるとおり、「小屋」の形をしたテントです。


丈夫な金属パイプで骨組みをつくり、それにテントをかぶせる(または、つり下げる)フレーム式テントで、ペグ、張り綱がなくても自立しています。


最大の特長は、中で人が立てるだけの「高さ」がある、大きなテントだということです。


ロッジ型テントの中でも、とくにインナーテントとアウターテントの二重式で、寝室のほかに居間(土間)があるという居住性抜群のタイプが人気となっています。


車では<a href="http://trailer-houses.com/" target="_blank">トレーラーハウス</a>が人気です。

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         <pubDate>Mon, 07 Mar 2011 15:51:58 +0900</pubDate>
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         <title>セリ科の花</title>
         <description>辺に咲いているのは、イブキトラノオとセリ科の花ばかりだった。


6年前ここにたどり着いた時は、灯台もよく見えないくらいの濃霧だったのを思い出す。


今日も曇りで天気はよくないが、いまは霧は出ていません。


北海道　ホテルからは、礼文島最南端の集落・知床へ下る道があります。


しかしこの道は、周りは笹だらけで、花といってはエゾカンゾウかイブキトラノオぐらいで、あまり面白い道ではない。


晴れていれば真正面に利尻島を望みながらの緩やかな下りであるが、それにしても変化にとぼしい道です。

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         <pubDate>Sun, 16 Jan 2011 17:32:01 +0900</pubDate>
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         <title>沖縄そば</title>
         <description>沖縄旅行で歩き疲れ、腹も減ったし、マーケットの中にある食堂に入りました。

これ又、驚くべき種類の食べ物で、庶民の日常の食べ物なら、なんでも食べられます。

先ほどマチャグワーで調べた食べ物はほとんど置いてあるのです。

そのひとつに沖縄そぼがあります。

これは沖縄の味と文化を代表する傑作の一つだと、私は考えています。

宮古島へ行けぽ宮古そぼ、と名前が変り、八重山へ行けぽ、八重山そぽ、与那国へ行けぽ、与那国そばと変ります。

例えぽ与那国へ行って、「どうして沖縄そばといわないの?」などと聞くと大変です。

「ウチは与那国なのに、なぜ沖縄といわなければならないかあ!」と一喝されてしまいます。

話は少々横道にそれてしまいますが、それぞれの島々を、私たちはひとからげに&quot;沖縄&quot;として呼んでいますが、住んでいる人々にとっては、全くそうした感覚を持っていません。
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         <pubDate>Sat, 08 Jan 2011 13:47:04 +0900</pubDate>
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         <title>デファクトスタンダード</title>
         <description><![CDATA[2003年頃からSDカードが優勢になってきていたのですが、
しばらくはメモリースティックとSDカード、どっちもどっちという状況で事実上の標準という意味のデファクトスタンダードと言えるような差がついていたワケではありませんでした。

しかし、携帯電話でのminiSD規格の採用決定が増加してきたこともあって、2005年頃からシェアを拡大していき、BCNランキングが2006年に発表したデータではメモリーカード業界のシェアの約7割を獲得したそうです。

家電量販店などのメモリーカードコーナーにおいてもSD系列メディアは最も品揃えが豊富であり、身近な小売店のコンビニエンスストアなどでも購入が可能となっているのをよく見かけるようになりました。

現在ではPC系で人気の高いUSBメモリと並び、最も有力なフラッシュメモリメディアとして普及しています。

あまり知られていないようですが、他にゲーム機にも規格が採用されています。任天堂と松下電器産業の提携でニンテンドーゲームキューブ対応のSDカードアダプターを発売したり、ゲームボーイアドバンスSPの周辺機器の一つプレイやんだったり、WiiやニンテンドーDSiにもSDメモリーカード規格を採用しているので、益々活用方法が幅広くなっていますので、<a href="http://www.view-system.net/datarescue/">sdカード データ復旧</a>というサービスまで存在しています。

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         <pubDate>Wed, 17 Nov 2010 00:06:17 +0900</pubDate>
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         <title>広告と模倣の技術</title>
         <description><![CDATA[模倣は、行動（学校、商売、軍隊での）する際の最も安全なコースです。


生徒、管理者、兵隊たちは、昔からやっていることをしているので、批難されることもありません。


しかしこの模倣は、広告部長、コピーライター、アート・ディレクターすべての責任者にとっては、最も危険なコースとなります。


広告は情況で変化するからです。


たとえばそれぞれ異なった2つの会社は、同一のマーケティング計画をもっていませんし、同程度に有利な立場にはないものです。


会社が遵守すべき実例としてとりあげられている広告は、あるいはいくつかの理由で間違っているかもしれません。


これらのケースを考察してみましょう。


一般にもてはやされる<a href="http://www.tosou-navi.jp/" target="_blank">外壁リフォーム</a>などの広告はテレビのコマーシャルですが、テレビが会社のターゲットとする消費者に到達するのに有効な手段とはかぎらないものです。


さもなければ1ページ大の印刷広告ということになりますが、小スペースの広告をたびたび掲載したほうが会社側にとって効果的であったりします。


色刷りもあり(新聞に適しています)、ユーモアもあり(しかし会社向きではありません)、最後に短い広告文のついた人の興味をそそるレイアウトもありますが、会社向きの広告の場合には、むしろ、より長いコピーと事実にもとつくイラストレーションが必要でしょう。


これら間違いだらけのもてはやされる広告は、あらゆる有能な広告人に害毒となっているのです。


"広告主りお気に入り"の広告を作成したがらないコピーライターやアート・ディレクターは、自分中心の人間だといわれます。


また、それに抵抗するAEは、"非常識な者"と見なされるのです。

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         <pubDate>Wed, 10 Nov 2010 18:07:56 +0900</pubDate>
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         <title>宇宙開発　8</title>
         <description>ロシアはその秋にとっていた行動を公式に示すような、いかなる情報をも外部に発表してはいません。


しかし、当時のコスモス衛星の高度、飛行角度、その他の軌道の特徴を検討してみれば、ロシアがこの戦争とその後を監視していた方法について、推論を試みることは可能です。


戦闘開始3日前、コスモス596号が打上げられましたが、操縦性がないためにその役割はある程度制限されたものでした。


けれどもこの596号は、戦闘地域におけるさまざまな軍隊の全体的な配備状況を写真撮影するという、その時点で必要とされた役割を充分に果たしています。


その段階では、地上の軍事状況の詳細な写真よりも、地域全体の状況をつかむことがより重要だったのです。


このコスモス596号の飛行は6日間続き、軍事衝突の発生3日後に、分析のために回収されています。


一方、戦闘が始まった当日、コスモス597号が打上げられました。


こちらは遠隔操縦が可能であり、10月12日に回収されています。


また、コスモス598号は10月10日に打上げられ、6日後に回収されました。


10月15日にはコスモス599号が軌道に乗りましたが、この衛星には2重の任務が与えられていたとみえ、中近東における情報収集は、同月24日以降に行われ28日に回収されています。


さらにコスモス600号が10月16日に打上げられ、23日に回収されました。


次のコスモス601号は写真偵察衛星ではなく、恐らく電子信号の傍受を目的としたものと考えられます。


602号は、その年の最後の2ヶ月間に打上げられた他の7個の衛星と同様に、偵察任務を帯びた衛星でした。


それから12ヶ月間にわたり軍事衛星が打上げの主流を占めることになります。


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         <link>http://sunsetbci.com/2010/10/8.html</link>
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         <pubDate>Wed, 20 Oct 2010 12:17:43 +0900</pubDate>
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         <title>宇宙開発　7</title>
         <description>6月にはロシアが8個の軍事衛星を、1基のロケットで打上げました。


ちなみにこのような8個同時の打上げは、1970年4月にその第1号が記録されています。


これらコスモス564号から571号までの8個の衛星は、ロシアの軍事通信システムの一部をになうものでした。


さらに7月には米国が、そして8月にはロシアが2度続けて、火星探査機の打上げに成功しています。


そして衛星の軍事的価値を今一度実証する事件が、その年の秋に起こりました。


10月6日、第4次中東戦争(ヨン・キブル戦争)が勃発したのです。


それ以前数週間にわたって同地域の緊張は続いており、9月の末には、実際の戦闘規模の予測は不可能であるにせよ、戦争自体は避け難いと超大国の眼には映っていました。


米国は、その衛星の寿命の長さと恐らくは外交上の有利さも手伝って、即座に戦闘地域を衛星でカバーします。


一方、ロシアの写真偵察衛星は、情報分析を行うためにほんの数日飛んだだけで回収する必要があるという欠点(少なくとも西側の考えでは)を持っていました。

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         <pubDate>Fri, 01 Oct 2010 12:16:06 +0900</pubDate>
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         <title>宇宙開発　6</title>
         <description>ロシアの宇宙計画に対する軍部の発言力を考慮すれば、これは当然のことでしたし、また宇宙計画の当時の段階では、長距離飛行を簡単にする微小技術が欠落していたために、計画自体が制限されたものとならざるをえませんでした。



1971年6月にソユーズ11号が、サリュート1号宇宙ステーションとドッキングを行いました。


その結果、ロシアが米国に先駆けて宇宙ステーションに関連した成功を収めたために、今一度ロシアが米国を追い越したという考え方が生じました。


しかしながらロシアにとって、この宇宙での成功は、悲劇的な結末を迎えることになります。


ソユーズ11号に乗ったドブロフォルスキー、フォルコフそしてバチャーエフの3飛行士は、順調に計画通りの任務を果たした後、ソユーズ11号に戻って地球への帰還の途につきました。


ところが帰還したソユーズ11号の中で、3人の宇宙飛行士はいずれも死亡していたのです。


宇宙ステーションからの離脱後、3人が窒息死したことは明らかでした。


その後1973年まで、ロシアは有人飛行を一切行っていません。


1973年という年は、打上げの回数ではなく、衛星の実用的な利用という点で、非常に忙しい年でした。


この年はロシアの無人宇宙船が月面に着陸し、ルノホート月面車が送り出されて幕が開いています。


4月には米国のパイオニアー1号が木星探査の任務を帯びて打上げられ、5月には初めての3人の飛行士を乗せたスカイラブが、地上400キロメートルの軌道を回っています。

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         <pubDate>Sun, 12 Sep 2010 12:14:25 +0900</pubDate>
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         <title>宇宙開発　5</title>
         <description>アポロ13号の事故も、ロシアよりはるかに進んでいた米国の月計画を遅らせることにはなりませんでした。


月探査機を着陸させてはいたものの、ロシアは地球の本来の衛星である月への有人飛行は全く行っていなかったのです。


その後2年間にわたって、米国はそれぞれ3人の飛行士を乗せたアポロ14号、15号、16号、17号による月への飛行を行い、すべてを成功させたのです。


アポロ17号を最後に米国の有人飛行計画は中断しましたが、1973年5月から開始されたスカイラブ飛行によって再開されました。


スカイラブはその名前が示すように、大空に浮かぶ実験室です。


重量約75トンのこの実験室には、複数のドッキング設備、実験室、特別な望遠鏡設置台、そしてもちろん乗員が宇宙に非常に長い期間滞在できるだけの設備が整っていました。


もっとも米国はロシアのサリュートに乗り組んだ宇宙飛行士のように、マラソンにも似た宇宙飛行を試みたことはありません。


そのサリュート1号は1971年の4月に打上げられていますが、これは有人宇宙ステーションの原型に他ならないものです。


はるかな惑星を目指すロシアの宇宙計画は続けられてはいましたが、ロシアが地球周辺での開発に重点を置いていることは、あらゆる徴候からみて確実でした。

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         <pubDate>Thu, 09 Sep 2010 12:12:54 +0900</pubDate>
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         <title>宇宙開発　4</title>
         <description>月面着陸の計画は即座に破棄されましたが、乗員を無事に帰還させるという難題が残されました。


乗組員はラベル(米国の宇宙飛行士の中でも最も経験豊かな飛行士)、ヘイズそしてスワイガートの3飛行士でした。


第1の難問は損傷の程度を見極め、酸素タンク以外に被害にあった個所がないかどうかを知ることでした。


次には船内の各システムおよびヒューストンの宇宙管制センターと結ばれている諸システムを点検することが必要でした。


乗員はその損傷を受けた宇宙船で月の裏側を回り、地球へ向かって飛び続けていました。


3日半以上にわたって世界中の人々が、管制センターおよびラベル、ヘイズ、スワイガートの3飛行士が、地球への無事帰還を目指して、可能なあらゆる方法を試み続けるのを見守っていたのです。


そして事故後86時間36分後に、アポロ13号のカプセルは太平洋上に着水しました。


奇妙なことですが、高速道路では事故が続発しているにもかかわらず、そこから何千マイルも離れた所で人類が直面した事故が克服されたことにより、人々の技術への信頼感は増したように思えるのです。

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         <pubDate>Tue, 10 Aug 2010 12:11:47 +0900</pubDate>
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         <title>宇宙開発　3</title>
         <description><![CDATA[同じ11月、米国によって、英国の軍事通信衛星スカイネットが、インド洋上に打上げられました。


その3ヶ月後には、日本がようやく独自の打上げに成功、さらに1970年の3月にはフランスが、フランス・西独製の衛星を打上げています。


これはフランスにとっては初めての他国のペイロード(観測機器)の打上げであり、日本の成功とともに、宇宙飛行を成し遂げる能力が拡がっていることを示すものでした。


このフランス-西独共同衛星の打上げの10日後には、北大西洋条約機構(NATO)の共同軍事通信衛星が米国によって打上げられ、次いで4月24日、今度は中国が衛星の打上げに成功しています。


その年の末にかけて、フランスが気象衛星を打上げる}方、イタリアもまた宇宙競争に加わり、非常に興味深いことに米国のために衛星を打上げた初めての国となっています。<a style="color:#333; text-decoration:none; font-weight:normal;" href="http://www.we-blog.jp/wood/mizu/" target="_blank">河成鎮</a>作氏によると、つまり、米国のSAS1号と呼ばれた小型の天体観測衛星は、イタリアが米国製の発射台を使用して、サン・マルカスから打上げたものです。


けれどもこの1970年という年は、一般には短い宇宙時代の歴史の中でも、最も有名な惨事になっていたかもしれなかった事故の成り行きを、世界中が息を押し殺して見守った年として記隠されることになるでしょう。<a style="color:#333; text-decoration:none; font-weight:normal;" href="http://www.we-blog.jp/wood/mizu/" target="_blank">河成鎮</a>作氏によると、その数字からして悲劇にはふさわしかったとも言えるアポロ13号は、4月3日に打上げられ、その56時間後に月へ向かう途中で爆発が起り、第2酸素タンクが破壊してしまいました。

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         <pubDate>Wed, 04 Aug 2010 12:10:29 +0900</pubDate>
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