ロシアはその秋にとっていた行動を公式に示すような、いかなる情報をも外部に発表してはいません。
しかし、当時のコスモス衛星の高度、飛行角度、その他の軌道の特徴を検討してみれば、ロシアがこの戦争とその後を監視していた方法について、推論を試みることは可能です。
戦闘開始3日前、コスモス596号が打上げられましたが、操縦性がないためにその役割はある程度制限されたものでした。
けれどもこの596号は、戦闘地域におけるさまざまな軍隊の全体的な配備状況を写真撮影するという、その時点で必要とされた役割を充分に果たしています。
その段階では、地上の軍事状況の詳細な写真よりも、地域全体の状況をつかむことがより重要だったのです。
このコスモス596号の飛行は6日間続き、軍事衝突の発生3日後に、分析のために回収されています。
一方、戦闘が始まった当日、コスモス597号が打上げられました。
こちらは遠隔操縦が可能であり、10月12日に回収されています。
また、コスモス598号は10月10日に打上げられ、6日後に回収されました。
10月15日にはコスモス599号が軌道に乗りましたが、この衛星には2重の任務が与えられていたとみえ、中近東における情報収集は、同月24日以降に行われ28日に回収されています。
さらにコスモス600号が10月16日に打上げられ、23日に回収されました。
次のコスモス601号は写真偵察衛星ではなく、恐らく電子信号の傍受を目的としたものと考えられます。
602号は、その年の最後の2ヶ月間に打上げられた他の7個の衛星と同様に、偵察任務を帯びた衛星でした。
それから12ヶ月間にわたり軍事衛星が打上げの主流を占めることになります。